三寒四温
昼間暖かい日に、
完全に気を抜く。
夜、寒い。
知ってた。
でも毎回やる。
三月は、
油断した人から冷えるシステム。
成長しない人間代表です。

昼間暖かい日に、
完全に気を抜く。
夜、寒い。
知ってた。
でも毎回やる。
三月は、
油断した人から冷えるシステム。
成長しない人間代表です。
街も人も、
どこかバタバタしてる三月後半。
「今月中に」
「年度内に」
この言葉が飛び交うだけで、
空気が一段重くなる。
なのに自分は、
なぜか気持ちだけ置いていかれてる。
温度差すごい。
寒い。けど、電気代が怖い。
暖房のリモコンを前に、静かなる心理戦が始まる。
“つける派の自分”
「寒いんだから押せよ!」
“我慢派の自分”
「いや、まだ12月序盤だぞ?」
このやり取りを5分くらいやって、
結局「28℃弱風」にした瞬間、
めちゃくちゃ負けた気がするのはなぜだろう。
でも一言だけ。
あの温風、天国。
毎年思う。
マフラーって、正解の巻き方どれ?
首に通すだけだとスカスカ。
ぐるぐる巻くとマツコ級の存在感になるし、
無造作風にすると、ただの雑。
街中の人を見ると、
みんなそれっぽい巻き方してるのに、
いざ自分でやると“急に帰りたくなる仕上がり”。
結局その年の最適解は、
「まあ、これでいっか」の精神。
冬のファッションは気持ちの折り合いでできている。
朝起きたら、喉がカラッカラ。
「あぁ、乾燥の季節がきたな…」と思って、
押し入れから加湿器を引っ張り出した。
で、毎年恒例のやつ。
タンクを開けた瞬間の、あの“なんとも言えない香り”。
説明するの難しいけど…
『夏の間ほったらかしだった家電の気配』みたいな匂い。
慌てて洗うんだけど、
フィルターのホコリが思ったより強敵で、
「お前ここで何年暮らしてた?」ってレベルで居座ってる。
やっと起動したと思ったら、
今度は“加湿量:弱”しか反応しない。
寝起きの人間より低いテンションで働いてくる。
毎年使うのに、毎年なにかしら裏切ってくる加湿器。
でも、これがないと真冬は喉が終わる。
今年もまた、文句を言いながら仲良くする季節がやってきた。
「栗、もらったよ」
そう聞くと、なんだか秋の通知表をもらったような気分になる。
うれしいけど、ちょっと身構える。
——だって、殻がね。
あの固いやつを前にすると、もう無心。
トンカチでもナイフでも、手段は問わない。
“剥く”という一点に、すべての集中力を注ぐ。
気づけば30分。
指先は痛いし、テーブルの上はカスだらけ。
それでも、つやつやの中身が見えた瞬間の達成感といったらない。
登山と同じ種類の満足感。
問題はそのあと。
「栗ごはん?渋皮煮?スイーツ?」
選択肢が多すぎて、もはや試験問題。
でも、どんな形になっても、栗は“手間が味になる”食べものだと思う。
少しの忍耐と、ちょっとの欲。
それを楽しめる人だけが、秋を本気で味わえる。
剥いた本人のみが、どんな形にするかの選択権を有している。
——今年もちゃんと、殻ごと季節がやってきた。
洗濯物を干してると、たまにある。
「片方、ない。」
どこ行ったんだ、もう一方。
洗濯機? ベランダ? それとも、別の人生を歩み始めたの?
で、仕方なく新しい靴下を買う。
でも数日後、ひょっこり洗濯機の奥から元の片方が出てくる。
あぁ、無駄遣いした…と思うのも束の間、結局同じ靴下をまた買う。
「片方なくしてもいいように、予備を確保!」って、完全に防衛戦。
片方になった靴下は、雑巾や掃除用に回すこともできるけど、
やっぱり新しいペアの安心感には勝てない。
人間、合理より心理を優先する生き物なんだなって思う。
——だから、片方なくしても大丈夫。
予備はちゃんと用意してある。
そして、いつかまた元のペアと再会するかもしれないしね。
コンビニで「袋いりますか?」って聞かれるたび、ちょっと構えてしまう。
たかが袋、されど袋。
なんか試されてる気がするんだよね。
「いえ、大丈夫です」って言った瞬間に、
ペットボトルと肉まんとヨーグルトのバランスを、どう持つかで脳がフル回転。
結局、店を出た瞬間にヨーグルトが地面に転がる。
——全然大丈夫じゃない。
逆に「お願いします」って言ったら言ったで、
2円の袋を“贅沢した人”みたいに感じる。
なんだこの小さな罪悪感は。
それでも、あの薄い袋には妙な安心感がある。
あの音、独特の温度がある。
疲れた夜でも、袋の中におにぎりと缶コーヒーがあるだけで、
少しだけ救われる。
——エコも大事だけど、
たまにはあのビニールの「シャカシャカ」に、
人間らしさを感じてもいいと思う。
「今年は秋刀魚が大漁です!」
——ニュースでそう聞くと、ちょっとワクワクする。
あぁ、やっと庶民の味が戻ってくるのか…!
で、スーパー行ってみたら。
1尾150円。
……いや、どこが大漁!?って思わずツッコミたくなる。
昔は98円の札を見て「今日は秋刀魚にしよう」って言えたのになぁ。
いまじゃ“ちょっと贅沢ディナー”のカテゴリに格上げされてる。
秋刀魚、知らぬ間に昇進したね。
でもね、不思議とそれでも買っちゃう。
パックを手に取った瞬間、脳内に「ジュウ〜ッ」って音が流れる。
すだちの香りとか、大根おろしとか、もう全部セットで思い出すんだよね。
焼いてる最中は戦いだよ。
煙モクモク、換気扇フル稼働、目はしょぼしょぼ。
「焦げてない!?」「いや、焦げてる!!」
——このあたりでだいたい秋を感じ始める。
それでも、食べるとやっぱりうまい。
骨がスッと抜けたときの快感なんて、もはやスポーツの領域。
結局、秋刀魚って“食べるイベント”なんだよね。
ちょっと高くても、焦げても、煙くても。
焼き網の前で「秋だな〜」って言いたい自分がいる。